2017年1月

立春までもう少し

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 年明けからずっとカゼが続いています。休むほど、ツライほど、という重症ではなく、時折咳き込む程度ですが、本調子でないとうのがもどかしい。思考もなんとなくマイナスになりがちだし。1月末を迎え、ようやく来週からは普通かな、というところまで回復してきました。

 労働時間規制についての意見は、けっこうドライというかどうでもいいと思っていて、すべて自己責任。全部国、あるいは会社が改善してくれるっていう、他責化的な流れが好きでありません。詰まるところ、やらされているか、主体的にやっているかがすべてではないでしょうか。同じことでもやらされていると感じた瞬間にそれはもう奴隷であり、そこに自分の意思があれば、どれだけハードでも耐えなきゃいけないし、耐えられるハズ。とにかく仕事以外のところでああだこうだ言うのはもううんざり。普通に仕事しようよ。そして嫌なら辞めればいい、それだけだ。

 ついに昨年末車を購入。知人に中古車のディーラーがいて15万円で手配してもらった。派手さやオシャレさはまったくなく、ただの車、つまりボロボロなんだけど、今の自分にとっては走れば充分。ようやく落ち着いて走れるようになって、なんというか、移動範囲が広がることが新鮮で、勝手に用事を作っては近郊運転を楽しんだいます。音楽を聞きながらの運転がとてもリラックスできて、よい気分になれます。いつの日か遠くまで行けるようになりたいです。

年末特別

 

 約3年ぶりの帰省。両親も含め温泉宿に逗留した。今年は家族をほぼ放置していたので、お詫びの意味も込めて奮発したというわけだ。そこはMという老舗の温泉宿で、よくもまあこんなところにと思うほど山奥にあり、曲がりくねった山間の細い道を抜けてようやく辿り着いた。山の谷間のわずかなスペースに建物はあり、おそらく冬の日照時間はわずかだろう。

 降り積もった雪、凍り付いた路面、冷えた濃密の空気がすべての風景の動きを止めてしまったかのように、ほとんど動きのない、音のない、とても閉ざされた静かな場所。そんな寂寥感ある風景がマイナスというよりもむしろ好印象なのは、久しぶりに自然本来の姿や形を眼にすることができたからだと思う。

 宿は暗めの照明に重厚な調度品、余計な案内や広告は存在せず、スタッフも必要最小限の対応で、落ち着いた雰囲気を大切にしているようだった。そんな中でのんびりと温泉に浸かり、おいしいご飯を食べ、よいひと時を過ごすことができた。

年末恒例

 

 恒例となった築地年末食材買い出し。始発で築地に向かった。本来であればもう移転済みのはずだが、延期?保留?によって例年通りの営業が続いている。新しい施設もオープンし、活気あふれる歳末を味わおうなどと思っていたのだが、人出がイマイチだったのが気になった。知らず知らずのうちに移転問題が影響しているのではないだろうか?

  あるいは築地という場所そのものが変化しているのかもしれない。場外は外国人観光客、場内は一般客が多かった。新聞に「仲卸という業務が成立しなくなっている」という築地で働く人の声が掲載されていたが、確かにその通りだと思う。情報、流通の発達により、産地と直取引が主流になりつつあるということだ。

 じゃあ中間マージンが発生する仲卸の魅力ってなんなの?っていうことになると思うが、それは「プロの眼」だと思う。そこにあるのは、あらゆるコネクションおよび目利きを経て集めた間違いなく最高の素材なわけで、それは一般人には困難だ。牡蠣などは産地や入荷時期もさまざまで、自分で調べるよりも仲卸(プロ)に相談したほうが確実。つまり最高の素材入手に対する手数料、そうであれば惜しむことはないと思う。

 そんなことを考えながら、築地場外、場内を散策しつつ食材を購入。築地は変化するも同行のA氏は相変わらず「変わらない」という意味で健在で、心強いものがあった。今年1年はどっぷり仕事漬けだったので、外の世界がとても新鮮だった。外の世界が存在していることに少なからず驚き、外の世界に接していかねば、と決意せざるを得ない心情。それほど閉じた世界にいた1年だったということだ。