2014年11月

買い物

思い立ったら吉日ということで、池袋LOFTでほしかったものを一気買いしてきました。

★ガスファンヒーター

★細口ホーローポット

★お弁当箱

★はぶらしスタンド

★コーヒー豆の保存缶

★USBハブ

★コルクボード

★仕事用のペン

★メモ帳

※並びは価格の高い順

いよいよ12月

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いつの間にか今年もあと1カ月になりました。11月を振り返ると可もなく不可もなく、という感じでした。12月はバタバタしそうですが、そんな中でも落ち着いて、局面で覚醒した動きを見せていきたいと思います。

自動車教習場報告03

もろもろ行事、イベントが重なり(いずれもたいしたことありませんが)、約1ヵ月ぶりとなった自動車教習所。2段階終盤に入りましたが、目標にしていた年内卒業はギリギリといった感じです。この段階に入ると他人の運転を見てみようということで、複数で教習を行います。私は教官に対してこれまで極めて丁寧に、敬語で接してきたのですが、若手女性は「左?」「次は右?」などと極めてフランクに接していて、そういう対応でよかったんだ、となんだか損をした気分になりました。

ジェネレーション批判で逆照射

 

仮に60歳まで働くとして、今40歳手前だからちょうど折り返し地点です。いやはや20年よくやったものよ、あと20年もあるのかよということですね。個人的にはあと10年くらいで引退して、のんびり余生を…などと考えているのですが、どうなることやら。

このごろ少し戸惑っているのが、20代の人との接し方です。当たり前ですが、働き始めたころは目上の人ばかりで年下は存在していませんでした。しかし歳を重ねれば、当然年下の人が出現してくるわけで、いつのまにかその割合も多くなり、若い人および自分の加齢を実感するわけです。

基本的に男だから女だから、年上だから年下だからという考えは好きではないのですが、明らかにそう感じざるを得ない局面が多々あります。適当、いい加減、的外れ発言など、自分からしたら考えられない行動、言動、そしてそれに対して指摘しても理解しているのかしていないのか、このわかり合えない距離感というか疲労感。やれやれ、今どきの若いもんはやっぱダメだわ、と思うわけです。

そんな言動に熱くなり、何度も切れ気味の返信メールを書き始めるのですが、やはり途中で書き直し、普通の文章にします。それは過去の自分を思い出すからです。過去の自分も間違いなく目上の人からそう思われていたはずです。実際、自分の20代はまったく使いものにならず、人に迷惑ばかりをかけていました。現役20代を責める資格などあるはずもありません。

なんて適当な人間だったんだ──今思うと申し訳ない気持ちで一杯です。今となってはその人たちに償いというか恩を返すことはできません。だからこそ、目の前にいる若い人に返していくのが自分の務めなのです。どちらが上、どちらが下、ということではなく、同じ土俵でぶつかり合っていきたいと思います。

それに、だいたい今の自分がどんだけ凄いんだよ?ということです。まだ何も成し遂げていません。人のことをどうこう言う前にまずは自分、ということです。そう思いながら終わってしまうかもしれませんが、初心忘れずということで日々精進していきたいと思います。

これまでもガラケー、これからもガラケー

半年ほど前に故障して以来、電源OFFで放置していた携帯電話ですが、ついに機種変して復活しました(その間も通話料払い続けていました)。SH-07Fという普通の携帯電話です。家人のママ友に関係者がいて、もろもろ手配していただきました。ありがとうございます。

孤独のグルメ風に言えば「ほーいいじゃないか、こういうのでいいんだよ」。少しの通話、少しのメールができれば問題ありません。携帯電話を持ち始めたのが社会人4年目のとき。これで通算4台目なはずです。とりあえずまた故障するまで使い続けることにします。

mac os update 10.6.8

今さら何をやっているのだ、という感じですがmacを10.58から10.68にバージョンアップさせました。現在最新は10.9。10.58はあまりに古くて、10.9にするにはいったん10.68にして、そこから10.9へという経路になります。A氏に相談したところ、何故かインストールDVD(¥1,852円)を手配してくれて(ありがとうございます)、無事作業完了。

ここから10.9への移行はApp Store経由で無料でアップグレードできるのですが、CS3がうまく動作しないという噂もあって(最新はCC)、とりあえず10.68で待機という選択にしました。これを機に外付け2TBのHDDも購入。パーテションで区切ってバックアップ用と画像他の保管用にしました。

パソコンやカメラは数年ごとに新製品がリリースされるので、最新を追い求めるときりがなく金がいくらあっても足りません。作業環境としてはもはや時代遅れ的な状態ですが、一通りの作業はこなせるなので、とりあえずこのまましばらく、ということにします。

 

ノートパソコンの功罪

昨今会議上でノートパソコン持参の人が多くなってきました。macbook proなんか持っている人を見るとうらやましいなあ、と思うわけです。決まったこと、課題はすぐにまとめられるし、わからないこと、アイデアがほしいときは即ネットで検索と有効活用が可能です。

一方、なんだかなあと思うのが、画面ばかりを見つめて「会議に参加していない」状態ができてしまうことです。スマートにまとめる、調べることも大事ですが、会議の目的は意見をぶつけ、目的や課題を共有することにあるわけで、ノートパソコンをいじり続けている人はどこか心ここにあらず的な状態で、発言もイマイチなことが多いです(あくまで個人的体験に基づく感想)。そして最も大切なのは、会話を通して相手との距離を縮めることにあると思います。ノートパソコンの人はどこか無機質、どこか壁を作っているようで、お前自身がノートパソコンじゃないのかと思うほどクールな人の場合が多いです(あくまで個人的体験に基づく感想)。

職場近くにオシャレカフェがあるのですが、そこはほぼ全員がノートパソコンを持ち込み、黙々と画面に向かっています。本来カフェって、人と人が会話するための場所じゃないかと思い、とても違和感のある風景です。

本当の繋がりってなんなんだ? そもそも繋がる必要あるんですか? こうした現状(あくまでも個人的な局面)を目の当たりにしながら、昨今やたら大切にされている「繋がり」について、どこか懐疑的になっている今日このごろです。

字が左に戻りつつある

自分の字の汚さは相当なもので、真面目に書いたとしてもまともに読めたものではない。味のある文字ならまだ救われるが、自分の場合は完全にヘタ。自覚している以外にも、仕事中他の人から「これなんて書いてあるんですか?」と質問されることがけっこう多い。

幼いころ習字の授業が大嫌いだった。何度やってもお手本通りになんて書けないし、下手な文字が貼り出されるのが苦痛だった。これまで友人、知人で達筆の人に出会ってきたが、それだけで尊敬してしまう。とにかく今も昔も美しい文字が書ける人がうらやましくてならない。

これは自分が左利きによることが原因ではなかろうか? と最近よく思う。文字を書くこと以外、絵、箸、投げるなど、すべて左手。文字は幼いころ両親から強制的に右手で書くように矯正された。日本語はハネやハライなど、左から右に流れる場合が多く、当たり前だが右手用にできている。というわけで、右手で字を書きはじめることになるわけだが、それはそういうものだという認識で、別段苦痛というわけでもなく、字がヘタだなぁと思いつつ、書き続けていったわけである。

で、時は流れて現在。文字はほぼキーボードで書くようになり「手で書く」ことがほとんどなくなった。正確には「右手で書く」ことがほとんどなくなった。するとどうだろう、たまにメモをとったりする必要性があると、気がつくと左手でペンを持ち、文字を書く場合が多くなった。本能的というか、自分にとって自然な選択というか。こうやって書くとなんとなく原点回帰的な感じがしてカッコよいが、左手ではこれまでほとんど書いてなかったので、右手よりさらに汚く、ほぼ誰も読めない、というオチである。

故郷

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先日、久しぶりに帰郷しました。静けさ、寂しさ、美しさ。かつて自分がいた場所ではあるけれど、今、自分が生活している世界とは別の世界、こんな世界があったのか、と思わずにいられませんでした。