2014年10月

雨と傘について

 

ここ数日、台風の影響もあり雨が多かった。雨のたびにビニール傘を買っているので、家には10本以上もたまってしまいました。

沢木耕太郎が「少しくらいの雨なら傘はささない、むしろ濡れて歩くのは気持ちがよい」と何度かエッセイに書いています。私も別の理由で同様に少しくらいの雨なら傘はささないことにしています。今から約20年前、予備校に通っていたころの話。英語の先生がおもむろに次のように語りました。

「いいかお前ら。男ってのは折り畳み傘なんて持っちゃいけないよ。いい男がバックの中に折り畳み傘を忍ばせて、雨が降ってきたらそれを広げてさす。何事も計画的に、用意周到、準備万端。って、これほどカッコ悪いことはないぜおい。男ってのはそうじゃない、潔くなくちゃ。英国海軍は雨でも絶対に傘はささない。それが英国流、それが男ってもんだよ」と英語の先生は遠くを見つめながら、おもむろに生徒に向かって説法をしたのでした。

良く言えば「にも関わらず」精神、ダンディズムの象徴、悪く言えばただの頑固者。たわいもない話でしたがなぜか私の胸に残り、以来実践するようになったというわけです。無意味なこだわり、はたから見れば滑稽なこだわり、大切にしていきたいです。

とりあえずphoto

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スマホ全盛

通勤電車は人生または社会の縮図、あるいは人生または社会が凝縮しています。朝はどことなく皆殺気立ち、夜はどことなく皆疲れ切っている。こんなに近い距離にいるのに──望まないけど密接せざるを得ない、だけどお互い他人だから無関心で当たり前、という具合で矛盾と混沌が渦巻いています。

そんな中、車内ではほとんどの人がスマホの画面に指を滑らせています。残りはマンガ、睡眠、本を読んでいるのは車両で2〜3人でしょうか? ほぼ絶滅したと思っていた、参考書を広げて勉強している高校生を見ると「偉い!頑張れ!!」と心の中で応援してしまいます。「一粒が大河になる」と言いますが、毎日通学の15分、スマホをやるか参考書を読んで英単語を覚えるか、1日の15分で見れば大きな違いはありませんが、これが毎日365日ともなると、人生も変わってくるのではないでしょうか。しかし、そんなことを考えるのは大人になってからだし、まあ若いうちはやりたいことをやればよいのです。とにかく青春は駆け足なのです! 

話をスマホに戻します。スマホに没入している人は世の中とは遮断され、自ら望んで自らの世界に没入していると言えますが、実はSNSで世界と繋がっているという現実。さらにその逆に、スマホのない自分は世の中を眺めてはいますが、繋がっていないという事実。ぼんやりとそんな風景を見ていると、現実と仮想が反転、現実と仮想が交錯しているような感覚に陥ります、というより実際そういうことなのでしょう。

情報の入手が手軽になり、なんとなく絶えず情報に接していないと、情報を確認していないと不安になってしまう昨今です。

秋の一日

今日は娘の通っている保育園の運動会がありました。家人は朝5時起きでお弁当作りを開始したようで、相当気合いが入っているようでした。
父親らしいことは何もしておらず、ほぼ同居人のオジサン的な私ですが、いちおう観に来てくれ的な声が女子軍団(家人&娘)かかり、嗚呼、私もまだ父親として認められていたのかと思い、積極的に場所取り要員を買って出ました。
家ではおちゃらけ、ワガママ、暴走特急の娘ですが、保育園では一応真面目に、皆と仲良くやっているようで安心しました。
最も感動したのは、長縄跳びで転んで泣いてしまった女の子がそれでも懸命に跳び直した姿。やはり運動会にはドラマがありますね。どの子も頑張れ、どの子も元気に成長してほしいものです。

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写真は演目で「ひょっこりひょうたん島」を踊る娘っこでございます。

自動車教習場報告03、あるいは別の物語


自動車教習所は現在2段階の中盤始めです。土日しか通えないのですが、このところ土日にいろいろあって停滞気味です。加えてここのところ教習所が混み気味で、なかなか予約が取りづらくなっています。それでも亀の歩みということで、とりあえず年内卒業が目標です。土曜日はやはり交通量、自転車の数が多く、いろいろなところから飛び出してきて、神経使ってます。家の近所がコースになっているのですが、やはり別の風景ですね。引き続きがんばりたいと思います。

路上教習は「運転する」という行為そのものが新鮮で楽しく、「機械(メカ)いじり」に近い感覚だと思います。運転する前は絶対に車なんていらない、と思っていたのですがこうして運転してみるとあってもいいかも、などと思ってしまいます。

平日はいつも通り、ひたすら働いています。とくに8月〜9月はこれまでにないほどハードで、現代的に言うと心が折れそうになりました。夏休みは1日も取れず、新企画実施、いくつかのミスも重なり──という泥沼状態だったのですが、「肝心なときに失敗する」というのは過去から自分の得意とするところであり、今にして思えば自分らしくていいなと強引に納得しているわけです。で、今は少し落ち着いているのですが、来週あたりから年末まで怒濤の展開が待っています。嵐の前の静けさですね。

他社の人(社内の人もそうかもしれません)との人間関係は、ドライでもいけないし、べったりでもいけない、ということを学びました。ドライだとつまらないし、べったりだと馴れ合いになってしまう、いつも適度な緊張感が必要です。半分信頼して半分信頼しない的なスタンスですかね。

御岳山が噴火しました。過去3回ほど登頂経験のある私にとってはかなり衝撃的なニュースでした。頂上はこの世とは思えないほど静謐で神聖な雰囲気がして(実際に御岳教という山岳信仰があります)、少し怖いくらいの場所でした。いったい誰がこの瞬間に噴火する、と思うのか? 昨今の自然の脅威は警告に他なりません。

携帯が故障し近所のショップに持っていったら、機種が古過ぎて修理できませんと断られました。いまさら新機種という気分でもないし、とりあえずスマホの必要性も感じないので、故障したまま通話料を払い続ける、という異常事態が2カ月ほど続いています。結論としては解約の方向で。生活に欠かせないと言われていますが、なければないで問題ないはずです。その代わりノートパソコン買おうかな、と思っています。