2014年5月

通勤風景

 

 ひたすら働いています。俺はこんなに真面目だったのか? 俺はこんなことをするために生きているのか? 俺の夢は? 俺の10年後は? 光と陰? などとさまざまな思いが交錯していますが、極めて淡々と働いています。逆説的ですが、ひょっとしたら充実しているのかもと一瞬思いますが、それは幻想というものでしょう。stay hungry stay foolishでなければいけません。そんなことを考えながら、東京砂漠を通勤しています。

 それにしても朝、改札へ向かう人々の足の速さには驚かされます。休日の5倍くらいの速さ、ほとんど小走りです。たった1本の電車に間に合わせるために、その3分後には次の電車が出るのにも関わらず──仕事モードということで、のんびりしていられない気持ちがそうさせるのかもしれません。否定的な表現をするのなら、多くの人が改札という排水溝へ向かい、その先の社会へと否応なく吸い込まれていくのです。

 そんなことを考えながら私も改札口へと滑り込むのですが、毎日ほぼ同じ時間の電車、車両に乗ると、レギュラーメンバー集合的な状態になります。そしてふと思うのは、そこに集うのは決して交わることのない他人同士ですが、じつは似た存在、つまり人の人生はけっこう似ているのかも知れない、ということです。「あの人元気そうだな」「あれ?あの人は今日はいないな」「相変わらずスマホばっかりやってるな」などと、見知らぬ人に勝手に親近感を覚えています。

 現在中井の駅は工事中(数年前から工事中でいっこうに終わる気配がない)で、改札口が非常に狭くなっていることもあり、朝の混雑状況は半端ではありません。改札から出てくる人に押し戻されることもしばしば。全体的に殺気だっています。

 会社までの道のり、養護学校のバスを待つ親子の列とすれ違います。子どもたちの笑顔を前に、自分も頑張らねばと思います。そこから少し歩いて左に曲がると、いつも戸口に立って、通り過ぎるサラリーマン一人ひとりに「いってらっしゃい」と声をかけるお婆さんがいます。不思議な人、ではなく素晴らしい人ですね。

 こうした風景を目にしながら、強烈な日差しへと変化しつつある朝の光を浴びながららぼんやりと歩いていると、決して悪くない、むしろ良いのではないか、と思います。

目に青葉 山ほととぎす 初がつお

今年は鰹が記録的な不漁で、高知では例年の3割程度の水揚げしかないそうです。なんでも近海の水温が低く、熱帯地域で生まれた鰹は低温を嫌う傾向があり、北上の送れが原因とのことです(hp調べ)。

というわけで鰹の値段も跳ね上がり、近所のスーパーでは冷凍のタタキが主流。おいしい鰹が食べたい!ということで、魚屋シュンに行ってきました。ここは対面販売で一本そのまま、切り身、さまざまな魚介を取り扱っている貴重なお店です。

ここでも鰹は高いかなと思っていたのですが、特売日でサイズも大きく1本1900円/半身で980円でした。というわけで半身を購入。ネギとネギをたっぷり刻み、背中はタタキ、腹部はお刺身にして食べました。淡白な味わいの中に深みがって、やはり鰹はおいしいですね。大満足でした。