3月らしい日々

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娘も今年で卒園、4月からなんともう小学生です。いやはや。というわけで、先日児童館の説明会に行ってきました。学校が終わってから17時までを過ごす施設なわけで、これなら安心ですね。ふ〜ん、そんなもんかね、資料に全部書いてあるよね的な感じでのんびり聞いていたのですが、働くママさんからいくつか質問がありました。「何かあったとき、電話は職場にいただけるのですか?」「18時過ぎたらどうなるんですか?」。平日はほぼ仕事のことしか考えていない自分にとっては、ひたすら尊敬するしかない働く女性たちです。他人事のようですが...今さらながら...改めて家庭、会社でも、働く女性たちをサポートしていこうと思いました。

『終わらない人 宮崎駿』

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 『終わらない人 宮崎駿』(再放送/初回は昨年11月のようです)を見ました。マラソン以外でテレビに釘付けになったのは久しぶりです。2013年引退を表明した宮崎駿監督のその後を追ったドキュメンタリーで、それでもなおアニメを作り続けざるを得ない、宿命のようなものに葛藤する宮崎駿監の日々に引き込まれました。
 外部若手クリエーターの力を借りて、オリジナルのCGアニメ『 毛虫のボロ』を制作しようとするのですが、そのこだわりが半端ない。結局、自分が納得するまで手直しを行い、わずか10分の作品に3年以上を費やすことになるのです(公開は現時点でも未定)。若手クリエーターたちは最初は「基本の動きさえ決まればあとはサクサク進みそう」と余裕の表情だったのですが、度重なる監督からの修正要請に疲弊していきます。結局監督は、CGの機械的、無機質、あるいは計算された動きに納得がいかず、自分の動きにしていこうとするのです。
 CGアニメーターからすれば、たまったものではありません。CGによるアニメ製作が主流になり、王道のやり方で製作しているにも関わらず、あれこれ口を出されやり直しの連続、最終的には「手描き」のほうがいい作品になるんじゃね?的な空気が漂いはじめます。
 すべて自分がやらないと気が済まない、さらに絵がうま過ぎるために、誰も何も言えなく、やれなくなってしまうのです。ここらあたりの唯我独尊性=宮崎駿監以降のジブリが続かない理由を宮崎監督はじゅうぶんに認識しており、今回も製作続行の可否に関する話し合いがもたれます。
 宮崎監督はそうしたすべてのものを飲み込み、「めんどくさい、めんどくさい」と言いながらも決して手を休めようとせず、一本また一本と鉛筆で線を描いていきます。徒労を重ねることでしか辿り着けない、そうすることでしか表現できない絵を完成させていく。あきらめることなく、CGに自身の線を重ねていく姿に、『終わらない人』を感じました。

 老境にさしかかり終わりが近づくことを悟りつつ、だからこそ今何をすべきなのか、葛藤を続ける宮崎監督を追った、すばらしいドキュメンタリーでした。

 年明けからずっと体調が悪く、走る人を眺めているしかなかったのですが、ようやく回復してきました。来週には走ることができそうです。

危機一発!

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 先日の日曜日のことでした。家族でドライブを終え、締めは光が丘公園で団子でも食べようという話になり、車を公園の外周に停車しました。光が丘公園の外周は土日であれば、駐車可能です。車のドアロックを解除するのは娘の担当になっており、いつもながらキーのボタンを押して「ガチャ」っと楽しんでいます。
 で、話はここからで、帰ろうと車に乗り込もうとした際、娘がキーを誤って道路の側溝に落としてしまいました......。まず鉄格子が開閉できるかは置いておいて、キーを落とした側溝は車体の中央部であり、車を移動させない限り、回収は不可能です。アホなことに、スペアキーは一緒に括り付けていました......。とりあえず車を移動させることが、すべての始まりです。オーソドックスな解決法としては、保険に入っているのでとりあえず電話すればなんとかなるのでしょうが、とりあえず自力でなんとかしてみようということになりました。
 まずはいきなり日曜日だけど区役所に電話。明らかに迷惑そうな感じで、3カ所ほどたらい回しにされましたが、「俺、近くに住んでるんで、これからとりあえずそこに行くわ。15分くらい待っててくれ」と道路課?らしき人から返答をもらうことができました。この時点で側溝は車の下だからとりあえず来てもらってもどうにもならんことは伏せておきました......。

 で、次に連絡をとったのは、車関係の仕事をしている義弟です。なんとかしてくれると思い、とりあえず強引に呼び出しました。幸いだったのは、鍵を落としたがロックを解除してからだったことです。さすがプロ、「多分大丈夫だろう」という感じで、義弟は冷静に車内の内部や機能を確認して、どっかの細長い穴に自分の車のキーを差し込み、ハンドブレーキの解除およびギアのPをニュートラルにしてしまいました。そんなことできるんだ......。で、車を2人で押して、キーを落とした側溝の露出に成功させたというわけです。

 側溝の中を覗いてみると、深さは1メートル20〜30cmくらいで、奥底にはキラリと光るキーがあるではありませんか!ダメもとで鉄格子をえいやっ!と動かしてみると、なんと外れるではありませんか(隣の側溝の鉄格子はネジで留められおり、この点も幸運でした)。側溝は一人が入れるくらいのスペースで、私が頭から、足から入ってみたりしたのですが、どうしても底に届きません......。そんなときに、原チャリに乗った練馬区職員の方が登場!
「いやはやご苦労さん。毎年4〜5件はある問い合わせなのよ。携帯落としたってのもあるね」とおじさんは持参した虫取り網を側溝の中に突っ込み、見事にキーをすくっていただきました。

 というわけで、こんなに長くなってしまいましたが、無事に難事を乗り切ることができました。そもそも大切なキーを娘に委ねるってのが間違いですね......。

立春までもう少し

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 年明けからずっとカゼが続いています。休むほど、ツライほど、という重症ではなく、時折咳き込む程度ですが、本調子でないとうのがもどかしい。思考もなんとなくマイナスになりがちだし。1月末を迎え、ようやく来週からは普通かな、というところまで回復してきました。

 労働時間規制についての意見は、けっこうドライというかどうでもいいと思っていて、すべて自己責任。全部国、あるいは会社が改善してくれるっていう、他責化的な流れが好きでありません。詰まるところ、やらされているか、主体的にやっているかがすべてではないでしょうか。同じことでもやらされていると感じた瞬間にそれはもう奴隷であり、そこに自分の意思があれば、どれだけハードでも耐えなきゃいけないし、耐えられるハズ。とにかく仕事以外のところでああだこうだ言うのはもううんざり。普通に仕事しようよ。そして嫌なら辞めればいい、それだけだ。

 ついに昨年末車を購入。知人に中古車のディーラーがいて15万円で手配してもらった。派手さやオシャレさはまったくなく、ただの車、つまりボロボロなんだけど、今の自分にとっては走れば充分。ようやく落ち着いて走れるようになって、なんというか、移動範囲が広がることが新鮮で、勝手に用事を作っては近郊運転を楽しんだいます。音楽を聞きながらの運転がとてもリラックスできて、よい気分になれます。いつの日か遠くまで行けるようになりたいです。

年末特別

 

 約3年ぶりの帰省。両親も含め温泉宿に逗留した。今年は家族をほぼ放置していたので、お詫びの意味も込めて奮発したというわけだ。そこはMという老舗の温泉宿で、よくもまあこんなところにと思うほど山奥にあり、曲がりくねった山間の細い道を抜けてようやく辿り着いた。山の谷間のわずかなスペースに建物はあり、おそらく冬の日照時間はわずかだろう。

 降り積もった雪、凍り付いた路面、冷えた濃密の空気がすべての風景の動きを止めてしまったかのように、ほとんど動きのない、音のない、とても閉ざされた静かな場所。そんな寂寥感ある風景がマイナスというよりもむしろ好印象なのは、久しぶりに自然本来の姿や形を眼にすることができたからだと思う。

 宿は暗めの照明に重厚な調度品、余計な案内や広告は存在せず、スタッフも必要最小限の対応で、落ち着いた雰囲気を大切にしているようだった。そんな中でのんびりと温泉に浸かり、おいしいご飯を食べ、よいひと時を過ごすことができた。

年末恒例

 

 恒例となった築地年末食材買い出し。始発で築地に向かった。本来であればもう移転済みのはずだが、延期?保留?によって例年通りの営業が続いている。新しい施設もオープンし、活気あふれる歳末を味わおうなどと思っていたのだが、人出がイマイチだったのが気になった。知らず知らずのうちに移転問題が影響しているのではないだろうか?

  あるいは築地という場所そのものが変化しているのかもしれない。場外は外国人観光客、場内は一般客が多かった。新聞に「仲卸という業務が成立しなくなっている」という築地で働く人の声が掲載されていたが、確かにその通りだと思う。情報、流通の発達により、産地と直取引が主流になりつつあるということだ。

 じゃあ中間マージンが発生する仲卸の魅力ってなんなの?っていうことになると思うが、それは「プロの眼」だと思う。そこにあるのは、あらゆるコネクションおよび目利きを経て集めた間違いなく最高の素材なわけで、それは一般人には困難だ。牡蠣などは産地や入荷時期もさまざまで、自分で調べるよりも仲卸(プロ)に相談したほうが確実。つまり最高の素材入手に対する手数料、そうであれば惜しむことはないと思う。

 そんなことを考えながら、築地場外、場内を散策しつつ食材を購入。築地は変化するも同行のA氏は相変わらず「変わらない」という意味で健在で、心強いものがあった。今年1年はどっぷり仕事漬けだったので、外の世界がとても新鮮だった。外の世界が存在していることに少なからず驚き、外の世界に接していかねば、と決意せざるを得ない心情。それほど閉じた世界にいた1年だったということだ。

いつの間にか夏

 めくるめくように日々はあっという間に過ぎ去り、いつの間にか夏。日々働き、日々眠り、という日々。いったい俺はなんなんだ、という疑問さえ湧かない日々。しかし恐らく、全力で働けるのはあと10年程度だろう。であるならば、限界を超えるというか、ふりきれるところまでやってやろうという思い。マイナス思考のなかに実はプラス思考が潜んでいるのだ。

 今日は参議委員選挙。積極的に情報を収集していないので、誰に投票すべきかまったく検討もつかない。とりあえず棄権だけはしないつもり。SNSではかなり盛り上がっているみたいだが、なんだかなあという感じ。普段、政治のことなんてこれっぽっちも話題にしていないのに、こんなときだけ熱くなるのってなんだかなあ。こんな時だけ評価できるから、上から目線になれるからじゃないのか。何もしなければ、何も変わらないじゃなくて、誰にかに期待するんじゃなくて、自分でやるんだ。なければ自分で作る、こういう気持ちだけでいいんじゃないの。

 最後におすすめ系の話題。スティーヴン・キング新作『ジョイランド』がいきなり文庫(というわけで929円とえらい高い)で発売、速攻購入。『スタンド・バイ・ミー』系の青春小説ということで、読むのが楽しみだ。あとはEric Clapton『I Still Do』。ネットでチラっと聴いてみたけど、まさに『I Still Do』。彼はやっぱりこれしかできない、これだからECというわけで、OLDファンとしてはCDで買わざるをえない。あとはブラジルからandrea dos guimaraes『desvelo』。歌とピアノだけのアルバムで、静かでとても深い。

2016年はじまりました

 年末年始休暇を満喫しています。29日には恒例の築地買い出し。今年は海苔、鰤の切り身、銀鱈の西京着け、烏賊の塩辛、イクラ醤油漬け、雲丹をチョイス。最終日が30日だったこともあり、それほど混雑もなく満足いく買い物ができました。あと目玉は本マグロ解体後の骨。いわゆる中落ちを採取するのですが、丼一杯分くらいの量になります。これで1,000円ってかなり安いと思います? 昨年同行のA氏が場内を徘徊中購入した逸品で、今年は私もぜひということで、購入することができました。どんどん食料品の値段が高騰している昨今。であるならば、最高の品質のものをほんの少し、という贅沢がよいかと思います。来年は築地市場移転ということでどうなることやら。個人的には狭くて暗くて、殺気だっている今の築地が築地らしくて好きなのですが。

 29日〜31日はひたすら娘と遊び、買い物に行き、という日々でした。久しぶりののんびりだらだら、よいですね。昨年はめまぐるしい1年でした。たいへんでしたが、今にして思えば可もなく不可もなく、これくらい軽くあしらわなくては、というレベルだったと思います。つまり、だいたいどんなこともやり切れる、やり切らなければならない、ということです。

 今年はさらに激動が予想されます。前にも書きましたが、表面は淡々と内面は沸々と熱いスタイルでやっていきたいと思います。とにかく毎日を無駄にしない、独自のリズム、メロディを奏でる、ことなどを目標に頑張っていきたいと思います。あとはマラソン再開、身体を鍛えていければよいなと。

運転免許合格顛末記

 2015年12月28日10時30分付近、ついに念願の運転免許を取得することができた。モニターに試験番号「382」を見つけたときは、近年ベスト1の感動で思わず泣きそうになってしまった。苦節約20年、費用は約60万円(教習所2回分)、当日の模様を中心に、その道のりをレポートしたい。

なぜ12月28日だったのか

 教習所を卒業したのが今年の1月上旬。1度目の教習期限の失効から約20年、周囲からの苦情、怒りが限界に達し、齢39にして、再び教習所に通い始めることになった。教官に「やけに運転慣れているね。免許取るのは初めて?」などと、何度も怪しまれつつ(その昔、卒業したけど試験受けられなかったという事実はひた隠し。「ええ、まあ」などと曖昧な返事で切り抜けた)、土日だけの教習で、期限ギリギリ約1年をかけて卒業することができた。ここまでは前回と同じ。

 そしてここからも、前回と同じ道を辿ることになる。試験場はお役所なので土日祝はやっておらず平日のみ。いくら忙しいといっても、向こう1年のうちに1日くらい休みとれんだろと思っていたが甘かった。春が来て夏になり、秋がきてそして冬。あっという間の1年で結局夏休みなし、結局12月まで皆勤賞で働いてしまった。もちろん、この間運転免許のことはつねに頭にあった。が、現実は半休すらも取得できない有様だった。嗚呼無情。

 周囲には「必ず行く」と宣言していたが、心の片隅では「もうだめかも」とちょっとあきらめていた。最悪の結果になるだろうと。そんな敗色ムードが漂う冬のある日の朝礼で、年末の予定が発表になった。今年は12月28日(月)が「仕事納め」か──その瞬間に「月曜日午前中は比較的ヒマで、前週に前倒してしておけば、半休なら可能。しかも仕事納めということで、突発事項が発生する可能性は限りになくゼロに近い。ここしかない!」素早く試験場の日程を確認すると、年末年始休暇は12月29日(火)から。「チャンスはここしかない!」ボルテージは一気に高まり、妙な緊張感に包まれた。期限ギリギリ、年明けに会社を休むことはほぼ無理。したがってまさに一発勝負、失敗は絶対に許されない。仕事ではほぼ毎日追いつめられているが、ここまで個人的に切羽詰まる状況に追い込まれたことはない(全部自分のせいだけど……)。一人ハードボイルドの世界に突入し、一戦必勝の覚悟。試験は学科のみとはいえ、教習所を卒業して1年近く経過しているわけで、内容はほぼ忘れている。というわけで、急いで書店に行き問題集を購入。通勤の行き帰りにひたすら問題を解き、答えを暗記していった。そして最後の土日はひたすら勉強。日曜日は必要な書類、試験場の場所、時間を一通り調べて、来るべき運命の明日に備えていった。

試験問題について

 学科試験の合格点は100点満点中90点以上。けっこうハードルは高いが、問題に慣れてくると「10問は間違えられる=10問は知らない内容でも大丈夫」という具合になってくる。①常識で判断できる問題②範囲、速度など、数字を含めた交通ルールを聞いてくる問題③1と2の合わせ技、いわゆる引っかけ問題の3種類で構成されていて、重要というか得点源になるのは②で、つまりどれだけ暗記できるかにかかっている。国語の問題を解くのとは逆に、決して意味を考えてはいけない。厳密に読み込むと「そうとも言えないのでは?この場合は含まれないのか?」などと、けっこう突っ込みどろが多くて、「正」とも「誤」とも判断がつかなくなってしまう。50分と時間もないのでキーになる単語と数字を目で追い、瞬間的に「正」「誤」を判断していくのがよいと思う。

 だが、やっかいなのは単語にしろ数字にしろ、似た内容が多いことだ。短期間でやろうとすると、途中で「あれっ? 1メートルだっけ、5メートルだっけ? 左折可だっけ? 3秒前だっけ?」と大混乱に陥る。WEB上にいくつか存在する模擬試験サイトも活用したが、これも錯綜のもとになる。同じ答えだとしても、制作者によって微妙に問題の文言や焦点の当て方が異なっているから、前述の「意味」の深みにはまってしまい、「正」と「誤」の判断に迷ってしまう。

 やはり問題数をこなすよりも、最後に頼りなる、というより覚えるべきは教本だ。数字、ルールの暗記はもとより、「原則として」とか「〜の場合は」とか「〜以外は」などといった、「意味」を決定づける曖昧な言葉遣いも含めて暗記してしまえば間違いはない。ちなみに私の場合は問題集で間違えた問題の解説を読み、その部分を教本で確かめるというやり方だった。

 と、もろもろ分析してみたが、実際はプレッシャーの中、疑心暗鬼の中ギリギリ限界まで詰め込んだというのが実情だ。

江東試験場@午前の部

 そして12月28日。試験は午前・午後の部がありそれぞれ先に適正検査が行われ、その後学科試験。午前は8時30分から到着順に適正検査、9時15分から学科試験開始というスケジュールだ。落ち着いて試験に挑むべく、5時に起床して7時前に地下鉄に乗り、東陽町に着いたのは7時30分。いくらなんでもはやすぎると思いつつ試験場に向かったが、すでに長い行例ができていた。誰しも考えることは一緒で、免許更新や新規取得は年内中、年内最後のこの日までに済ませてしまいたい、というわけだ。学生、社会人、老若男女、あらゆる人々が見受けられた。試験に加え師走中の師走、さらにこの大行列ということで、ピリピリムード満載だ。

 行列は次第に長くなり、かなり広い建物内は人で溢れかえるほどになってしまった。申請手続き開始時間がはやめられ、人の波が動き出す。しかし、そこは東京都公安員会管轄ということで、過剰とも思われる数の職員(警察官?)が適切、的確に誘導していく。ここから先はほぼベルトコンベア式に、受験料納付、適正検査(15秒くらいで終わった)、3Fへ移動、申請書類チェック、学科試験説明、その後の説明が行われ、極めて一方的に、有無を言わせず、お役所的に進んでいった。

 その中で気になったのが「合格者は前のモニターで発表。自分の受験番号があった人はそのまま残って、なかった人は退出してもらいます」という勧告。ほぼ公開処刑だ。通常落ちた人は午後の試験も受けることが可能なのだが、今日はいつになく人が多いので、それはできないということが冷静に告げられた。この展開はキツい。不合格になったら、またここに来るために仕事を調整する気力も、お正月返上で勉強をする気力もない。落ちたらもう免許はあきらめるしかない、とマイナス思考に支配された。

 9時10分付近、問題用紙を開いていよいよ試験開始。判断に迷う問題はメモ欄にその番号を記入しながら、進めていった。約30分でマークを終えることができ、グレーの問題は10問。仮にそれをすべて間違えたとしても、90点でギリギリ合格だ。約10分でその10問を改めて読み込み回答を修正して、最終的に保留となったのが1問のみとなった。というわけで自分の中では勉強の成果があったと思いたい。残りの10分ですべての回答をざっとチェックして、あっという間に試験時間の50分が終わってしまった。

合格の先に見えたものとは?

 終了から約20分後に合格発表があった。教室には120人ほどの受験生がいて、10人くらいが不合格だった。過酷な現実が降り掛かってきた一瞬だ。でも大丈夫。君たちには次がある。頑張って勉強すればきっと合格できる(自分は合格したので、上から目線モードになりやすい)。そして教官がまた滔々と免許交付までの流れを説明。安堵感からほぼ放心状態だった。

 東陽町駅までの帰り道、運転できるうれしさよりも、枷が外れた開放感に満たされる。教習所からカウントすると、都合2年間も精神的に拘束されていたわけだから。運転免許は学生時代に取得するに限る。そう結論付けざるを得ない展開、結果だった。

 とりあえず教本と参考書を本棚の奥に入れよう。そして初心者マークを袋から取り出そう。ようやく終わった。2015年、悪いことばかりじゃなく、よいことも確かに存在していた証明だ。

師走

前回の更新から約2カ月、随分と間が開いてしまった。何をしていたかというと、結論は何もしていなかった。ひたすら働いていて、ようやく先週一区切りついた次第。仕事人生の中で第5番目にキツい期間だったと思う。今にして思えば5番目だからたいしたことないかも(ベスト3以上は今後も訪れないと思う)。

で、学んだことは当たり前かもしれないが、時間がなくてもとにかく考えること。いい加減にこなすと、かならず後でマイナスになって跳ね返ってくる。あとは、後回しにしないこと。これも必ずあとでマイナスになって跳ね返ってくる。まとめると自業自得ということ。

それにしてもSNSから垣間見える周囲のリア充の対極にある自分。働くというより千日修行のようだ。何が楽しくて、夢はあるのか(下町ロケット、ハマってます)、家族のため?自分のため?お金のため? こうした根本的な思想を抱えながらの40歳男、難しい時期だ。ただ、現状に負けたくない、という熱意は溢れるほどあり、まだ真っ白な灰になるつもりも到底ない。